最悪の東日本大震災が発生する数ヶ月前、宮崎、 鹿児島県境の霧島連山・新燃岳が噴火。
火山噴火で、宮崎市内の窓ガラスが割れるほど衝撃があったと聞いた。
地元にとっては鳥インフルエンザに続き再び災害の波が続く。
東北の映像を見るたびに、東北には、どんな形であれ絶対に行かなければならないと決めていた。
だが、その前に宮崎だ。
仕方ないと言えばそれまでだが、当時宮崎は、すっかり忘れ去られている状態だった。
自分にとっては大切な故郷の一つである。
正直、いろんな理由があった。
少しでもお金を落としたい気持ち・・・個人的には腰のリハビリだったり、東北に行く前の心のリフレッシュだったり・・・
考え込んでいたら
マミさんが、ブログで宮崎に行くという。
すかさず連絡して結果的に訪問することができた。
参考まで
宮崎トリップ2011それから帰島して、東北へ。
長くなってしまったけど、あの時のことは一生忘れない。
風で舞う土煙、重油の匂い、シーンと静まり返った町中、やけに暑い太陽、
学校の玄関に添えられていた花やお菓子・・・おもちゃ・・・
(特に昨年は新島小学校のPTA会長だったので複雑な気持ちだった)
それから・・・必死に耐え懸命に生きる犠牲者のご家族、発生時からのリアルな話し。
家族への思い・・・
そして、一緒に行った仲間。
亡くなられた人、行方不明者を会わせると2万人ちかく。

繰り返すけど、今でも忘れないし、生涯忘れない。
東北被災地report一年前でした。
posted by yojibay at 23:31|
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日記